体験を考えている人へ

💡注意💡
この記事はアヤワスカの体験を勧めるものではありません


「すごい体験」をしに行く場所ではない

他人の体験談を、自分の未来予告にしない

ここまでかなり細かく私の体験を書いてきました。

月と星が異様なほど美しく見えたこと。

何度も「死ぬかもしれない」と感じたこと。

人や自然への強い愛情。

ブッフォで身体のコントロールを失ったこと。

でも、これから参加を考えている人には、むしろ

これらを「自分にも起こること」と思わないでほしいと思っています。

私自身、3回のアヤワスカだけでも、毎回まったく違いました。

ほとんど何も起こらない時間もあれば、身体が「死ぬ」と感じるほど強烈な時間もありました。

だから、

「ビジョンを見たい」

「トラウマを解消したい」

「人生の答えを知りたい」

といった目的を持つこと自体は悪くないと思いますが、その通りの体験が起こるとは限りません。

私が今回最後に納得したのも、

期待してもいい。でも、それに執着しない。

ということでした。

他人の体験談も同じです。

この記事を含め、誰かの強烈な体験を読んだからといって、それを自分がこれから経験する物語の「予告編」にしない方がいいと思います。


シャーマンと環境は、かなり重要

意識だけではなく、身体にも強いことが全員に起こり得る

今回、私が特に強く感じたのは、安全な環境の重要性でした。

アヤワスカもブッフォも、「不思議なものが見える」というだけの体験ではありませんでした。

吐く。叫ぶ。泣く。

強いしびれを感じる。

呼吸が苦しいと感じる。

身体を激しく動かしたくなる。

自分で身体を支えられなくなる。

少なくとも私には、そうしたことが実際に起こりました。

特にブッフォでは、作用が非常に速く、強烈で

自分で自分の身体をコントロールできない状態になりました。

また、このような体験は自分だけが体験するものではありません。

参加者全員がそれぞれ、異なる反応で、異なる感情を爆発させます。

オランダでの体験では、20畳ほどのスペースに12人がずらっとマットレスを並べ

隣の人が叫んだり、行動したり、吐いている状況を目の前にし、

自分自身に集中できない時間が多くありました。

今回の体験では6名の参加者。

ホールでのセレモニーでも十分な余裕があり、

安全に使えるトイレ、シンクもすぐ近くにありました。

2回目と3回目は野外で、シャーマンとサポーターの目の届く範囲であれば、自由に歩いたり、自分の心地の良い居場所を見つけてそこに留まることもできました。

「誰と、どこで体験するのか」

を慎重に考える必要があると思います。


終わった直後は、予定を詰め込まない

非日常から日常へ戻る時間をつくる

これは、二度リトリートを経験して特に感じたことです。

一度目のオランダでは、リトリートを終えたあとアムステルダムの街へ出ました。

人、車、光、音、匂、娼婦たち。

普段なら何でもない刺激が、そのときは一気に押し寄せ、私は軽いパニックに近い感覚になりました。

その経験があったので、今回は施設を出てもバルセロナの繁華街へは行かず、ホテルの部屋で静かに過ごしました。

数日、アヤワスカを体験しているかと錯覚するような夢も見ました。

特に日本から参加する場合、

「終わった翌朝に空港へ行って、そのまま長時間のフライト」

という予定は、できるなら避けた方が楽かもしれません。

数日間、現地で何もしない時間を取る。

食事を少しずつ普段のものに戻す。

よく眠る。

散歩する。

私の場合は、そういう普通の時間が、非日常から日常へ戻るために必要でした。


体験したことを、すぐ「真実」にしない

強烈に感じたことと、真実であることは別

そして、これは今回の経験を文章にする中で、私自身が特に大切だと思うようになったことです。

アヤワスカの最中に起きることは、ときに驚くほどリアルです。

「これは絶対に何かを意味している」

「私は真実を知った」

そう感じても不思議ではないほど、強い感覚を伴うことがあります。

でも、

強烈に感じたことと、それが客観的な事実であることは別です。

私自身も、体験直後の感覚と、時間を置いてからの解釈が変わった部分があります。

だから、何かを見たり感じたりしても、すぐに人生の大きな決断へ結びつけるのではなく、

「私は、なぜあれをあれほど強く感じたのだろう」

と考える時間を持つ方が、私には大切でした。

シャーマンから言われた、

「体験の意味を、すぐに決めなくていい」

という言葉も、今になってよく分かります。


誰に話すかも、自分で選ぶ

話すことで整理される。でも、誰にでも話す必要はない

リトリート後、私は信頼できる友人に体験を話しました。

人に説明することで、自分でも初めて気づくことがありました。

一方で、この種の体験に対する考え方は人によってかなり違います。

スピリチュアルな体験として受け取る人もいれば、薬物体験として捉える人もいる。

怖いと感じる人もいれば、過剰に神聖視する人もいると思います。

だから、体験を誰にでも理解してもらう必要はない。

自分が安心して話せる人を選ぶ。

必要なら、まだ話さない。

そして、自分の中でも結論を急がない。

それでいいと思います。


一度の「体験」と、リトリートという「プロセス」

アヤワスカに興味を持つ人の中には、まず一度だけ体験してみたい、という人もいると思います。

一度のセレモニーでも、強烈なビジョンを見たり、大きく感情が動いたりすることはあるでしょう。

ただ、今回の経験を経て、私は一度の強烈な「体験」と、複数回のセレモニーを通して進んでいく「リトリート」は、根本的に違うものだと考えるようになりました。

一般的なアヤワスカ・リトリートには、数日から数週間滞在し、休息や振り返りの時間を挟む形式があります。

セレモニーは1〜3回のものから、12日間で6回、さらに長期間にわたって複数回行うものまで、その構成はさまざまです。

私は二度のリトリートを経験したことで、この「プロセス」の意味を実感しました。

最初のリトリートでは、回数を自由に選べ、1回からの参加も可能なプログラムでした。

私は2回のセレモニーを選択しました。

1回目では、自分の殻を破り、心を開いていくような体験がありました。しかし2回目は、後にトラウマとして残るほど強烈な体験で終わり、私の中にはどこか「途中で途切れてしまった」ような感覚が残りました。

もちろん、それが2回だったことだけが原因だとは言えません。当時の自分の状態も、環境も、体験の内容も違います。

それでも今回、3回のセレモニーを経験したことで、私の中では一つの流れが完結したように感じました。

今回の自分の経験をあえて一言で表すなら、

1回目で扉が開き、2回目で深く入り、3回目で帰ってきた。

3回目は、最も穏やかなセレモニーでした。

それでも私にとっては、新しい何かを得るためではなく、それまでの体験を受け取り、「もう十分だ」と静かに終えるために必要な時間だったのだと思います。

私にとって今回の3回のセレモニーは、一つひとつ独立した体験ではなく、始まりからクロージングまでを含めた一つのプロセスでした。


法律についての注意点

⚖️ アヤワスカの法的位置づけは国によって異なります

アヤワスカは、国によって合法・違法・あるいは法的な扱いが明確でない「グレーゾーン」に置かれている場合があります。

アヤワスカに含まれるDMT自体は国際的に規制対象となっている一方、アヤワスカという植物性の調合物そのものについては、国際条約上の扱いと各国の国内法が必ずしも同じではありません。

そのため、「その国でリトリートが開催されている=合法である」とは限りません。

また、法律や運用は変更される可能性があります。

日本国籍の方は、海外での行為であっても、日本の薬物関連法令による処罰の対象となる場合があり、厚生労働省も、海外における日本人の薬物犯罪が帰国後の処罰につながる場合があるとして注意を呼びかけています。

参加を検討する場合は、リトリート主催者の説明だけを頼りにせず、参加する国・地域の最新の法律、持ち込み・所持・使用に関する規制を自分でも確認することが重要です。

この記事は、アヤワスカの使用や、法的に認められていない行為を勧めるものではありません。

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