ありのまーま合同会社
入社のとき、たしかに「この会社に入りたい」と思っていた。 それなのに、気づけば会社へのロイヤリティは下がり、不平不満を抱えながら働いている。しかも、それが一部の例外ではなく、過半を占める。
多くの組織で繰り返されるこの光景を前に、私たちはずっと「どう解決するか」を考えてきました。けれど本当に問うべきは、もっと手前にあります。
なぜ、これほど普遍的に同じことが起きるのか。
これほど多くの会社で、これほど似た形で起きるのなら、原因は個々の上司や個人の資質ではない。もっと根の深い、仕組みの側にあるはずです。そして私たちが疑うべき仕組みとは——ほかでもない、人事の仕組みそのものです。
たいていの会社の人事は、きれいに整っています。
ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を掲げ、それを人事評価制度に落とし込み、等級制度に基づいて採用・配置・育成を回す。一本の筋が通った、合理的な設計です。
ところが、この美しい設計の根底には、ふだん誰も口にしない一つの前提が埋まっています。
「人は、仕組みで方向づけ、統制できる(すべき)対象だ」
ここに、すべての出発点があります。人を「マネジメントの対象」に置いた瞬間に、組織の中で静かに、しかし確実に起きることがあるのです。
ロイヤリティの低下には、決定的な事件がありません。だから本人ですら、なぜ冷めたのかをうまく言葉にできない。それは、小さな出来事の堆積による侵食として進みます。
私たちはこのプロセスを ロイヤリティ減衰モデル として整理しました。
締結 ― 入社時。高い期待と内発的な動機。「ここで何かを成したい」という、本人と会社の暗黙の約束が結ばれる。
接続 ― その動機が、評価・等級・報酬という外発的な仕組みに接続される。
置換 ― 「やりたいからやる」が、いつのまにか「評価されるからやる」に上書きされる。最も強いエネルギー源が、外から借りたものに置き換わる。
堆積 ― 評価の不透明さ、扱われ方への小さな不満が積もる。一つひとつは抗議するほどでもなく、放置される。
不全 ― 声を上げても届かない。「言っても無駄だ」を学習する。
冷却 ― 「言っていることと、やっていることが違う」。その観察が、会社への信頼を溶かす。
滞留 ― 不平不満を抱えたまま、惰性で働く。辞めはしないが、熱量はない。――そして、過半がここに溜まる。
冷めた社員は、もともと冷めていたわけではありません。最も熱かった人が、仕組みを正しく通り抜けた結果として、ここにたどり着く。これが私たちの見立てです。
なぜ、よくできた仕組みが動機を削るのか。批判的に解剖すると、原因は制度そのものではなく、制度に無自覚に埋め込まれた3つの前提に行き着きます。
そしてこの3つは、人が働くうえで満たされるべき3つの心理的欲求——自律・有能感・つながり——を、ちょうど一つずつ奪っていきます。
隠れた前提 | 内容 | 奪われるもの |
|---|---|---|
統制前提 | 人は仕組みで方向づけ・統制すべき対象だ | 自律 |
外発前提 | 動機は外から与えられる | 有能感(内発性) |
序列前提 | 比較・序列化は公正で機能的だ | つながり |
悪意のある運用の話ではありません。善意で、まじめに回しても、構造としてこの3つを削ってしまう。そこが問題の本質です。
ここで多くの会社が、「では評価制度を作り直そう」「エンゲージメント施策を打とう」と考えます。けれど、それでは同じ前提の上で部品を磨いているだけです。だから何度やっても再発する。
私たちの結論はこうです。
問題は「仕組みがあること」ではない。「統制を目的とした仕組みであること」だ。
ならば答えは、制度を捨てることでも、増やすことでもありません。制度の目的を反転させることです。同じ部品のまま、何のためにそれを使うのかを入れ替える。
部品 | 統制の発想(従来) | 器づくりの発想(提唱) |
|---|---|---|
MVV | 額縁に飾る言葉 | 意思決定の一貫性の基準(言行を一致させ、信頼を積む) |
評価 | 序列をつける装置 | 貢献を可視化し、成長を支える対話 |
等級 | 階層・序列 | 役割と裁量の設計図 |
採用・配置・育成 | 人を最適配置する(資源化) | 動機と強みを接続する |
私たちはこの発想を ありのままの動機(Motivation, As It Is) と呼んでいます。
そもそも動機とは、外から足して増やすものではありません。人の中から、ひとりでに湧き出てくるもの。入社のときに誰もが持っていた「ここで何かを成したい」という熱は、もともとその人の中にあったものです。
だから私たちがすべきことは、動機を注ぎ込むことではなく、その湧き出しを妨げないこと。土を耕し、水はけを整えれば、植物は誰かが引っぱらなくても自分で伸びていく。動機もそれと同じで、環境さえ整えば、放っておいても勝手にめぐり始めます。
その「環境」を、私たちは 器(うつわ) と呼んでいます。イメージは、雪のなかのかまくらです。外には競争や評価といった寒さ(外圧)が絶えずあるけれど、中はそれを受け止め、人が安心して動ける。ぶつかり合いがないわけではありません。むしろ、健全な組織ほど衝突は起きます。大切なのは、それをなくすことではなく、衝突が一線を越えて人を壊さない安全(しきい値)を保つこと。器とは、外圧を防ぎ、内側のぶつかり合いも受けとめる、その強度のことです。
医療には「まず、害をなすなかれ」という原則があります。治す前に、まず傷つけない。人事も同じで、動機を引き出そうとする前に、湧き出るのを妨げていないかを問う。これがすべての施策に先立ちます。
具体的には、制度を設計・運用するたびに、3つの心がけで自らを点検します。
1. 裁量をそのままに(自律) ― 決定権を奪わない。裁量を現場に残す。制度は「縛る」より「託す」ためにある。
2. 言行をそろえる(一貫性) ― 言うことと、やることを一致させる。掲げたMVVと、実際の評価・処遇を矛盾させない。約束を破らないことが、信頼の元本になる。
3. つながりを守る(関係性) ― 比較ではなく、貢献で人を結ぶ。序列の力学を持ち込まず、協働の関係を守る。
設計判断のたびに問う合言葉は、ただ一つです。
「この制度は、動機を外から足そうとしていないか。人の中から湧き出るのを、ただ妨げずにいられているか」
組織課題が起き続けるのは、症状に対処して、それを生む構造を放置してきたからです。そしてその構造の中心に、統制を目的とした人事の仕組みがある。
もし私たちが、制度の目的を『統制』から『器づくり』へ反転できるなら——課題を後から解決するのではなく、課題が生まれにくい組織を最初から設計することができる。これは特定の会社の特殊解ではなく、多くの組織に効く普遍的な一手になりうると、私たちは考えています。
入りたかった会社で人が冷めていくのは、避けられない宿命ではありません。それは設計の結果であり、設計は変えられます。